委員長メッセージ立教大学大学院 社会デザイン研究科
社会デザイン学への招待
社会デザイン研究科へようこそ。本研究科は,21世紀になってすぐの2002年4月に「21世紀社会デザイン研究科」として始まりました(現在は「社会デザイン研究科」と改称されています)。21世紀になり,第二次世界大戦からもう半世紀以上がたち,いわゆる冷戦も終わっていましたが,その後も世界には戦争・紛争が絶えることなく勃発し,膨大な難民が苦しい生活を強いられ,それは今でも続いています。また,国際的な経済的格差,民族や宗教間の対立も先鋭化し,地球環境は悪化の一途をたどっています。こうした現代文明がもたらす「危機」を,私たちは,どのように制御したらよいのでしょう。自分・自社・自国だけの利益を追求すればするほど,その混迷と対立はさらに激化していきそうです。そうした危機に向き合い,自己利益だけでなく社会全体を考慮した組織を起業・維持・運営するにはどうしたらよいのか。
本研究科は,そうした問題意識から,公共に配慮し人間の尊厳を守る,「営利(だけ)を求めないビジネススクール」として設立されました。この「社会(ソーシャル)デザイン」というコンセプトは,今では珍しくないかもしれませんが,当初,他に類を見ない,日本初の非営利・公共を学問領域に含んだ学際的なものでした。その設立から24年,ちょうど0歳児が大学院生になるほどの期間に,国内外問わず多くの社会を揺るがす「激震」が起こり,さらにその余震によっても社会は絶えず変化しています。そうした中で変わらずに本研究科が聞かれるのが,「社会デザイン学とは,どういう学問ですか」という問いです。
現在,研究科では,この問いに対して,設立当初の理念とこの約四半世紀の蓄積を踏まえ,次のように端的に答えています。《多様性に富んだ,持続可能な共生社会を創成するために必要な思考と実践の学》 もう少し詳しく書くと,次のようになります。《格差や排除,分断・対立が先鋭化し,地球環境に過度な負担を強いる現代社会にあって,組織や制度,文化,技術などの巨視的な視座を持ちながらも,システムに還元し得ない多様性,当事者性,生の一回性という小さな,個別具体的な物語に共感しつつ,対話を促進し,架け橋となり,持続可能な共生社会を再構築又は創成するための思考と実践に関する学》
この一文には,「社会デザイン」の先人たち,そして現役の私たちの様々な「想い」が込められています。それをここで述べるには紙面が足りません(ぜひ講義やゼミ,教員や学生との対話で掘り下げてください)。ただ一つだけ強調したいのは,「思考と実践」ということです。「思考」とは,考え続ける,問い続けるということです。自身の研究テーマについて考える・問うのはもちろんですが,学際的な本研究科では,特定の学問領域で当然とされる研究方法(ディシプリン)も,改めて考え・問われることになります。また「実践」とは,野放図な行動ではなく,目標に向かって秩序的におこなう行為(プラクティス)です。「践」という字は,もともと《小きざみに踏み行く》という意味ですから,「実践」は,無関心な他人事ではなく,自らの足で現実に一歩一歩進んでいくということになります。そうした思考と実践に結びつく「学」が,社会デザイン学と言えるでしょう。
しかしこれは,けっして「社会デザイン学」の固定的・教条的な定義ではありません。この24年間で社会が変わり大学も変わってきたように,これからの社会と大学も変わり,研究科も変わっていきます。では,どのように変わっていく,変えていけばいいのか。その変化は,新たに参加する者たちと古くから参加してきた者たちが,互いに交流し影響を与えながら学び合うことで生まれるのだと思います。新たに参加する皆さんが思考し実践し続ける者であり,その参加によってこの研究科がさらに思考し実践し続ける組織となることを願っています。あらためて,社会デザイン学へようこそ。
社会デザイン研究科委員長 大熊 玄
本研究科は,そうした問題意識から,公共に配慮し人間の尊厳を守る,「営利(だけ)を求めないビジネススクール」として設立されました。この「社会(ソーシャル)デザイン」というコンセプトは,今では珍しくないかもしれませんが,当初,他に類を見ない,日本初の非営利・公共を学問領域に含んだ学際的なものでした。その設立から24年,ちょうど0歳児が大学院生になるほどの期間に,国内外問わず多くの社会を揺るがす「激震」が起こり,さらにその余震によっても社会は絶えず変化しています。そうした中で変わらずに本研究科が聞かれるのが,「社会デザイン学とは,どういう学問ですか」という問いです。
現在,研究科では,この問いに対して,設立当初の理念とこの約四半世紀の蓄積を踏まえ,次のように端的に答えています。《多様性に富んだ,持続可能な共生社会を創成するために必要な思考と実践の学》 もう少し詳しく書くと,次のようになります。《格差や排除,分断・対立が先鋭化し,地球環境に過度な負担を強いる現代社会にあって,組織や制度,文化,技術などの巨視的な視座を持ちながらも,システムに還元し得ない多様性,当事者性,生の一回性という小さな,個別具体的な物語に共感しつつ,対話を促進し,架け橋となり,持続可能な共生社会を再構築又は創成するための思考と実践に関する学》
この一文には,「社会デザイン」の先人たち,そして現役の私たちの様々な「想い」が込められています。それをここで述べるには紙面が足りません(ぜひ講義やゼミ,教員や学生との対話で掘り下げてください)。ただ一つだけ強調したいのは,「思考と実践」ということです。「思考」とは,考え続ける,問い続けるということです。自身の研究テーマについて考える・問うのはもちろんですが,学際的な本研究科では,特定の学問領域で当然とされる研究方法(ディシプリン)も,改めて考え・問われることになります。また「実践」とは,野放図な行動ではなく,目標に向かって秩序的におこなう行為(プラクティス)です。「践」という字は,もともと《小きざみに踏み行く》という意味ですから,「実践」は,無関心な他人事ではなく,自らの足で現実に一歩一歩進んでいくということになります。そうした思考と実践に結びつく「学」が,社会デザイン学と言えるでしょう。
しかしこれは,けっして「社会デザイン学」の固定的・教条的な定義ではありません。この24年間で社会が変わり大学も変わってきたように,これからの社会と大学も変わり,研究科も変わっていきます。では,どのように変わっていく,変えていけばいいのか。その変化は,新たに参加する者たちと古くから参加してきた者たちが,互いに交流し影響を与えながら学び合うことで生まれるのだと思います。新たに参加する皆さんが思考し実践し続ける者であり,その参加によってこの研究科がさらに思考し実践し続ける組織となることを願っています。あらためて,社会デザイン学へようこそ。
社会デザイン研究科委員長 大熊 玄